天才落語家・2代目桂枝雀の天才と狂気

今日は昼寝のあとBluetoothのペアリング作業を行った。iBUFFALOという商標のBluetoothの説明書では解決できなかったので、ネットで検索して簡単に作業が終わった。USBポートが一つ空いてスッキリした。昨夜からはメイラーであるEdMaxUの移転作業を行った。本当は、Windows10のNOTE-PCで新たにEdMaxUを構築したかったのだが、けっきょく全体を踏襲して初めて送受信が可能になった。24日に二倍化したNOTE-PCが到着するので、再び全体をコピーした上で、整理整頓しようと思っている。過去は清算しないと記憶が呼び覚まされ精神に悪い。

午後から曇り日になったが、風が強く、布団も洗濯物も乾いた。まだまだ完全に春の季節に移行してはおらず、桜や梅の花も目立たない。近くの臨川寺(りんせんじ)境内には、真っ白い花を付ける枝桜が咲く。白い花は風に煽(あお)られるから画像に固定するには困難を伴なうがいちど挑戦してみたく思っている。写真撮影には金食い虫の道具が必須で、それを生業(なりわい)とする写真家は、高額なボディとレンズを保有し、素人写真家との根本的な差異を突きつける。しかし、これまでの経験は、このhardware的要素だけでは、耳目をひく画像は得られない。反対概念であるsoftware的要素に恵まれない人間には、耳目をひく画像を得ることはできない。

上野俊樹は恩師見田石介の思い出を語り、見田が、絵筆の才能を振るっていた事実を紹介したが、天才は、とことん一人の人間に集中するものである。見田の場合その天才は早くに花開き狂気とは併存せず最期まで幸せを享受した。見田は芸術論のなかで天才を論じているが、多くの天才が狂気と共存していたと述べている。天才落語家・2代目桂枝雀(しじゃく)の天才と狂気の共存は、残念ながら、狂気の勝利で彼を自死に追いやった。59年の人生だった。

私は彼の死を考えるにつけ日本の精神科医療と医療一般が持つ後進性に憤りを覚えるものである。重度の鬱病患者をたらい回しにして最後に彼が受診した医者が、薬は要らない、休息が必要だ、症状が出たら、また来てください、とは、要するに、自らの非力を証明しているに過ぎないし、医療が、もし、訪問医療に徹していたならば、彼の変化を日々刻々と記録し、適切な薬物処方にも至っていただろうからである。

大橋巨泉さんの死因について、在宅医療を特集したNHKは、担当した在宅医の一つの誤った言葉掛けを紹介し、本人が記した著書で裏付けた。それは、在宅医が、大橋さんに、どこで死にたいですか、と、問うた、言葉掛けである。闘病生活は10年に渡り、大橋さんは、在宅医療に期待していた。大橋さんも自分の人生が永くはないと覚悟はしていたものの、在宅医によるこの不用意な言葉掛けは、大橋さんを打ちのめした。その後は食事も喉に通らなくなり急激にやせ細り3カ月で息を引き取った。NHKは、妻・浅野寿々子さんも登場させ、大橋さん死亡時のコメントとは異なる事実を暴き出した。在宅医はNHKにコメントを寄せ不用意な言葉掛けの事実を認めた。これが、日本の医療である。Wikipedia大橋巨泉は在宅医による鎮痛剤の過剰投与が原因だと記載し妻・浅野寿々子さんも確かにコメントでこれに憤っているが、在宅医のコメントもあり、多くの点でNHKは事実を語ったと評価できる。

2017年4月20日(木)午後6時41分

17年4月20日(木)午後7時4分34秒
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[ 2017/04/20 19:05 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ウィルスとの共存

今日は肌寒い天気で冬が舞い戻ったようだ。曇天だが布団を干した。洗濯物もバスマットを除いて乾いた。

親指シフトキーボードの右手操作にはまだまだ感覚が戻らずもどかしいが、後退キーを操作する小指の位置がかなり改善したから入力修正が容易になった。

ヨドバシカメラからBLUETOOTHマウスが届いた。徳太樓(とくたろう)から「きんつば」が届いた。私は自己破産したからクレジットカードは作れないがデビットカードは作れた。デビットカードは即時決済という違いはあるものの、クレジットカードと同じように有効な決済手段として機能するが、それを知らない人間は意外と多い。カードと言えばクレジットカードしか存在しないと思い込んでいる無知な人間が多い。銀行にしてみれば、口座を維持して貰える利点がある上に、カード会社との提携は詳しくは知らないが何らかの収益を齎す。実際、私は、JCBが発行したデビットカードを年会費無料でクレジットカードと同じように、タクシー料金その他の決済に便利に用いている。ネットでの決済も一部のほんの例外を除き大部分の決済が可能である。

クレジットカードとデビットカードの使い方は全く同じである。私は楽天銀行が発行したJCBデビットカードを利用しており、決済に際しては、この両者が責任を共有し、楽天銀行に残高が不足している場合には、当然に決済は行われない。クレジットカードの場合にはカード会社が会員に替わって料金を立て替え払いしその後にカード会社が会員に請求書を発行し、支払わなければ、法的手段が取られるが、利用限度額はあるものの、使いすぎる可能性は常に存在する。デビットカードは、プリペイドカードとよく似た性質を持ち、デビットカードの場合には預金残高が歯止めになり、プリペイドカードの場合には予め支払った現金の額が歯止めになる。

いま、中部電力にデビットカードでの支払いを申請しようとしたが、彼らはこの発達した決済制度を全く知らず、電気料金の支払いにデビットカードが使えるか否か自分で調べろ、と、ヌカシ、た。電気料金の決済にJCBデビットカードが使えるか否かは中部電力が判断する事である。駄目だったら従前通り振替用紙を送りつければ済むだけの事である。

カードと言えばクレジットカードしか思い浮かべる事が出来ない人間は無知である。この世には自己破産した人間がワンサといる。自己破産しても銀行とカード会社はデビットカードを無料・有料で発行してくれる。私はいつもA-COOPきそ店で買い物をするが、残高を頭に入れながら、デビットカードで決済している。決済の事実はメイラーを立ち上げれば、楽天銀行からのお知らせという形で示される。そこに一点の曇りも存在しない。その上に時間はずれるが何処で何円使ったのかも表示される。私はこの表示制度を利用して、ツタヤの悪徳商法を撤回させ現金を還付させた経験がある。ネットには常に危険も伴うが同じだけの利便も与える。薬物の服用に伴う副作用と作用と全く同じである。

今月はNOTE-PCの購入に資金を投じた。入院中の退屈は、MOUSEが作った安物のNOTE-PCと親指シフトキーボードが紛らせてくれた。216号室に入院していた65歳のCHIさんと89歳のKさんが、一枚1,000円もするテレビカードでBSが映らないテレビで退屈な時間を紛らせていたのとは対照的であった。地域の基幹病院は、BSが映らないテレビで、患者からどれだけの収益を上げたのだろうか。地域の基幹病院は、スタッフセンター前に設置されていた自販機でどれだけの収益を上げていたのだろうか。

65歳のCHIさんの妹が独身のCHIさんの孤独を慰めるべく頻繁に面会に来ており、二度も、自販機で販売されていた150円のお茶をご馳走してくれたが、私はお金はあっても一度も自分で自販機のお茶を買う事はなかった。理由は簡単で、そのお茶の製造過程が見えなかったからであり、日常的に、私は、静岡県藤枝市で茶畑を経営している杵柄一家から無農薬有機茶を送って貰っていたからである。私は毒入り茶を飲みたくはなかった。もちろん、親切で頂いた自販機のお茶は「美味しく」いただいた。問題は、その「美味しく」感じられる「お茶」が、毒入りである事が明々白々だった点にある。私はマルクスの遺言通り全てを疑い自分の価値判断に基づき行動し、そこに妥協の余地はない。

さくじつ双極性障害の会からメイルが届きアンケートに協力してくれとの記載があったので、双極性障害研究の権威たる加藤氏の研究姿勢に対して批判しておいた。うつ病には遺伝因子と環境因子を認めながら、双極性障害には、なんの根拠もなく、環境因子を認めないのは、研究の前提が崩れていると記述した。椎間板突出でさえ、二つの原因遺伝子の関与が証明されたものの、その発現の必然性は証明されておらず、したがって、加齢に伴って一般的に発症するかに見える椎間板突出は、全ての高齢者に発現することはなく、ご高齢になっても人類を特徴付ける直立歩行を維持する方々は多いのである。

この点でも、見田がヘーゲル研究から明らかにしたように、因果律は必然性とは別個の法則である。見田は、資本論の方法で、因果律の限界を指摘する中で、インフルエンザウィルスへの罹患の問題を取り上げている。インフルエンザ流行期には確かに患者が増えるものの、他方では、全く罹患しない人もいるわけだから、インフルエンザウィルスが原因物質である事実は否定できないが、だからといって、全ての人々がインフルエンザに罹患するのではないから、原因は必ずしも結果するわけではないから、必然的ではない、と言ったのである。

私は、ウィルスへの極度の恐れは、ちょうど雑草を皆殺しにしてしまうラウンドアップ散布に結果し、多剤耐性菌を増やす事にも繋がると思う。人類はその遺伝子そのものの中にウィルスを発現しない形で次の世代に引き継いでおり、ウィルスを排除して生きる事は、そもそも不可能であるし、無駄な努力でさえある。ウィルスは生命体の一種であり「友達」である。ミトコンドリアの侵入を生命体が受け入れ共存する道を選択したように、人類はウィルスとの共存に目覚めるべきである。

2017年4月19日(水)午後6時30分

17年4月19日(水)午後6時46分26秒
[ 2017/04/19 18:49 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

精神の健康

今日は日本共産党の赤嶺政賢議員が事前にこのTwitter上で宣伝していた2017年4月18日(火)安全保障委員会での午前と午後に渡る質疑を観た。非常に細かい法律論議を行っているように見えるが、簡単言えば、農水省が辺野古埋め立てに関しては防衛省の要求に屈した事実を暴露し、農水省の従前の立場に立ち返れ、と要求している事になる。詳細な研究を基にした立派な質疑であった。生活保護制度についてもこれくらいの詳細な研究をして貰いたいものだと思った。

今日は、イチローの試合を観戦しながら、ズボン下のゴム入れ直し作業を行った。好みの弾力を得るためには結構な微調整が必要でなかなか裁縫も奥深いものがあると思った。昨夜はずっと探し求めていた鍵言葉を思い出し東京の老舗和菓子屋に「きんつば」を注文した。さいきん少し甘い物を食べたいと思っていたが、木曽福島まで出かけるのも面倒だし、きんつばは冷蔵庫で長期保存できる事もあり、単価も安いので注文した。

そして、今日はずっと迷っていたNOTE-PCを注文した。今のNOTE-PCはSSDの容量が小さくCPUも遅いので二倍化した。値段は1.5倍加したが、NOTE-PCの有用性を認めざるを得なかった。親指シフトキーボードでの右手入力にだいぶ慣れてきた事も決断を後押しした。

私は自覚している。自分の頭が文字で動いている事を。頭にある文字がそのままキーボードを通して文字になる。写真家と違って私の頭には文字がありそれが文字列として結実する。入院期間中の二週間で行った研究からは少し遠ざかっているが、あんなに面白い研究にはすぐにでも復帰したいとウズウズしている。食生活が元に戻れば復帰時期だと判断できるかもしれない。

さくや木曽には雨が降り続き遠くから関西電力の発電所が発するサイレンが鳴っていた。入院の生活リズムの影響を受け最近は寝覚めの時間が早くなっている。言語障害も徐々に薄れ吏員と電話でやりとりする事もできるようになった。4月の異動で多くの県職が入れ替わった。偉そうにしようとする県職を叩き直す作業を一から繰り返さなければならない。県職が法律に則り給付しようとする報酬に群がる県営住宅入居者には反吐が出る。自治会にせよ区にせよ長野県民には民主主義の理念は形式的にしか存在しないし区に至っては規約さえ存在しないのに町民は異議を唱えない。私には理解できない遠い世界のように思えるがこれが安倍と阿部をトップに頂く日本人の歴(れっき)とした現実である。だからと言って、戦時中に、次郎物語の著者が行ったように、宗教に逃げる卑怯は、私には出来ない。

私にとって見田石介の研究業績だけが生き甲斐であり楽しみである。いっそ、現実から目を背けてしまうのも精神の健康にはいいのかもしれない。

2017年4月18日(火)午後8時48分

17年4月18日(火)午後8時58分34秒
[ 2017/04/18 20:58 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

不破氏を頂点とする個人崇拝の連鎖

午後から雨になったが洗濯物は午前中に乾いてしまった。恵みの雨が降り注ぎベランダの樋(とい)が賑やかになる。もう少し降ると木曽川沿いに点々と設置されている関西電力の発電所から警告のサイレンが鳴らされる。

今日はマリナーズの岩隈久志投手の試合を観ていた。岩隈投手は3回で降板してしまった。明日は、同じ球場にイチローが登場する。楽しみだ。ヤンキースへの移籍は、確かに、マリナーズでの苦痛を取り除いたかもしれないが、戦力として期待されていた訳ではなかったから、イチローにとって苦痛の数年だった。野球少年はいまだに現役を続けMLB中継のトップ画面に登場する。引退後どんな人生を送るのかも楽しみだ。私たち研究者には定年はないがスポーツ選手には必ず定年が訪れる。彼はきっと器用な人生を送れず野球に拘り続けるだろう。

私はプロ野球は観戦せずMLBのみを観戦する。理由は簡単で、プロ野球が「祭り」であるのに対してMLBがスポーツだからである。観客はスポーツを観戦するためにわざわざ集まる。投手が投球姿勢を取ると観客は静まる。プロ野球では、観客は、観戦自体が「祭り」なんだから、投手の投球姿勢に無頓着で騒ぎ立てている。ガラパゴス化した野球に興味はない。

日本人の諸外国への関心も極度に低く、自らの後進性に気づかず羞恥心を持たない。Bob Dylanの曲に、Forever Youngがあるが、Wikipedia日本語版は、この曲の題名を「いつまでも若く」と翻訳していたので、私が、「はじまりの日 」に正した。英語だけを見れば「いつまでも若く」と翻訳したくなることは理解できるが、それは歌詞内容を分析した結果ではない。米国出身詩人Arthur Binardがこの曲を題材にした絵本を作り表題を「はじまりの日 」とした。この事実を私はNHK視点・論点で知った。

日本人の浅薄さと狭量さとは明瞭だ。狭い均質的な島国で育ちそこで生きることに精一杯の日本人は、自らの後進性に、出来るだけ早く気づくべきである。ギリシャの奴隷制の下で開花した文明をマルクスが批判的に摂取している事実を日本共産党員は知らない。エンゲルス・家族私有財産国家の起源においても、同様の事実を指摘できるが、日本共産党員は、古典の研究を怠り、法務省官僚の摘出推定論を鵜呑みにしている有り様である。

その意味で社会科学研究所から不破哲三氏を放逐する事は不可欠である。宮本氏と同じように不破氏も傑出した指導者の役割をすでに十分に果たし終えた。不破氏を頂点とする個人崇拝の連鎖は断ち切られなくてはならない。偉そうな態度の志位和夫委員長を塩川鉄也議員が国会内を誘導する姿は、私には、個人崇拝としか見えない。

2017年4月17日(月)午後9時18分

17年4月17日(月)午後9時28分30秒
[ 2017/04/17 21:28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

Sweet peaの種を蒔いた

北朝鮮は過去に苦い過ちを犯したから決して韓国その他外国を攻撃する事はない。金日成が犯した南進政策は、韓国と米国そして中国とソ連とを巻き込んだ焦土戦争を結果した。金正日から政権を引き継いだ金正恩もその事実から目を逸らせる事はできない。北朝鮮の軍事力は米国の軍事力に比較して圧倒的に不利であり、他国への攻撃は体制崩壊を招くことは金正恩でも知っている。

TRUMP政権のCarl Vinson派遣は、シリア空爆と同じ政策の結果である。彼は、閣僚の多くに元軍人を採用したし、国防予算も拡大させた。戦争は米国にとって公共事業であり、米国を戦争国家と決めつけると、彼の外交政策は理解しやすい。

私は退院後NHKを観なくなったし結果としてNHKふれあいセンターに苦情の電話をする事もなくなった。単にNHKのニュースだけではなく民放のニュースも観なくなった。新聞も読まない。学部卒が適当に作ったニュースや記事は、腹が立つだけで、参考にはならない。自分で調べたほうが、よほど確実な情報か集まる。

親指シフトキーボードでの右手打鍵にもだいぶ慣れてきた。今日は春一番が吹くなか公園にSweet peaの種を蒔いた。公園は石ころだらけだから、種まきは一苦労だった。雑草を刈り取ってしまう場合があったが、種まきのあと元に戻した。私にとって雑草は生物多様性の源だからだ。昨日も雨が降り雑草と花々に恵みを与えた。今後も自然の雨が水分を補給するだろうから、私は水やりはしない。すべて自然任せで芽吹く花は芽吹くだろうし駄目なものは駄目だろう。

入院中一つの発見があった。それは、患者が洗面所を使ったあと、後の利用者のために、紙タオルで綺麗にしていた事だった。私も励行していたが、こういう人間に出会うと嬉しい。醜い人間どもに囲まれ生活しているが、襟を正して生きている人間がいる事は嬉しい。この洗面所では看護師が患者の入れ歯などを洗浄するが、看護師は、忙しさに感(かま)けて、汚物を流さない。私はこうした些細な行動の積み重ねが患者に対する人権無視・軽視に繋がっているのだと思う。患者の病を直す場・病院で患者が殺される現実を見るにつけ、日本医師会が牛耳る医師と看護師の無残な実態と闘う必要性を痛感する。日本の医療は戦後初期に一端は民主化されたが、山崎豊子・白い巨塔を経ても、なお、古い体質から抜け出ていない。

2017年4月16日(日)午後8時58分

17年4月16日(日)午後9時23分32秒
[ 2017/04/16 21:24 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)