血も涙もないNHK!

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170816/k10011101481000.html

見てくれ、この、NHKの、傍観者的な報道、を!

雨が降っており、分離帯で横転しても、座席ベルトをしていた両親は助かり、座席ベルトをしていなかったエレナちゃんだけが、車外に放り出され、即死した。

じゃあ、この悲惨な死亡事故の「原因・責任」は、エレナちゃんに、座席ベルトをさせなかった「両親」にある、と、NHKは、「血も涙もなく断罪」した事になる。

運転していた21歳のブラジル人の父親は、エレナちゃんが、チャイルドシートをしていたと思っていたと証言しているが、エレナちゃんだけが、車外に放り出されて即死した事実は、父親と母親が、「嘘を付いた」事を「証明」している。

じゃあ、両親が、「嘘を付かなくても」、エレナちゃんに、座席ベルトをさせ、たとえ横転しても、軽傷で済ませる、「絶対的方法」は、無いのか、と、問えば、「絶対的方法」は、ある。

それは、全ての搭乗者が、座席ベルトをしなかった場合には、「エンジンを作動させなく」してしまう事だ。

自動車は文明の利器だ。

しかし、座席ベルト着用に限定して議論すれば、座席ベルトの非着用は、必然的に必ず絶対に、自動車を「搭乗者殺人鬼」に変貌させる。

何故なら、人間は、必ず、絶対に、ミス・誤りを、犯すからである。

命は、一つしかなく、一度切り、だ。

国土交通省自動車局技術政策課長の「英断」を求めるものである。

NHKは、報道姿勢を根本的に改めよ!

サラリーマン記者に用はない!

出てけ!

2017年8月16日(水)午後7時54分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月16日(水)午後8時37分・文責・藤井深
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[ 2017/08/16 21:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ある精神疾患患者の病因

夫婦岩 

ある若い女性の言い分を列挙すると、以下のようになる。

他人の事はどうでもいい。

自分は常に正しくて他人が悪い。

他人が自分に優しくするのが当然だ。

自分の考えに同調しない他人を無視して構わない。

彼女の精神疾患が、彼女の育成過程にあったと仮定しても、精神疾患を苦しんでいるのは本人であるから、彼女が苦しみから脱却するためには、他人の手助けが不可欠であるが、その他人に、自分の精神疾患の原因を求める事は、矛盾である。

他人が悪いから自分の病気が治らない、と、思い込んでいるからだ。

具体例を紹介する。

ある日、彼女が運転する自動車で登山に出掛けた。

自動車は、診療所の所有物で、ガソリン代も、デイケアの一環だから、公費負担だ。

彼女は、Paperdriverで、自動車もオートマだった。

最初に驚いたのは、カーブの曲がり方だった。

カーブに入る直前で減速し、安全を確認して、ゆっくり加速しつつ、ハンドルを切れば、慣性力・遠心力を排除出来る。

彼女は、航海士だから、船を操舵する際にも、同じ原則が適用され、もし、急激な操舵を行えば船が転覆する事は知っていたはずだった。

次に、驚いたのは、90度のカーブに差し掛かった時に、前方に、大型バスが侵入して来たのに、彼女が、咄嗟に、左に寄って、大型バスの通過を、待とうとしなかった事だ。

信じられない行動だったので、私は、即座に、彼女に、命令して、待機させた。

大型バスの運転手が、クラクションで「お礼」を伝えたのは言うまでもない。

大型バスの運転手が、どれだけ、神経を使って、お客様の「命」を守りつつ、目的地まで、運ぶのか、航海士の彼女には、全く分かっていない。

彼女はこの時の事を虹の村診療所の看護士に訴え、私に対して、もっと、優しくしてくれと、頼んだそうだが、それ自体が、甘えというもので、看護士自体も、専門家としての資格がないと言わざるを得ない。

この看護士は、看護専門学校出身で、その事を「負い目」に感じ、信州大学に聴講生として通ってみた事があった。

大学教員が学生に向かって、質問するように促しているのに、誰も質問しない授業に驚いたと言っていたが、じゃあ、彼女自身は、どうしたのか、言わなかった。

私は、これまでの、病院経験から、看護士も、大学に進学して、幅広い教養を身につけ、さらに言えば、修士課程まで進学し、文献渉猟が出来るように訓練すべきだと思う。

医師に従属するのではなく、医師に提案する看護士であって欲しいと思う。

自動車の運転マナーは、教えられて身に付くものではない。

譲り合いのマナーは、教えられて身に付くものではない。

私は、父親の勧めで「嫌々(いやいや)」免許を取得したが、自動車教習所は、基礎的な運転技術と道交法を教えるに過ぎない。

運転の実際は、その後、自分が、必要に応じて、身に付けるしかない。

Paperdriverだった私は、学部生時代に、この、残された課題を達成し、同時に、生活費を稼ぐために、自動車を使って「活字」を配達するアルバイトを選んだ。

自動車だらけの慣れない京都市内を、慣れない運転技術で、しかも、ブレーキが効きにくい、クーラーも無い、中古の軽自動車で移動するのは、大変で、神経をすり減らしてしまい、便秘に苦しんだり、感覚が無くなったり、お金と引き換えに、ずいぶん健康を害した。

1年間の自動車運転は、多くの事柄を私に教えた。

その中の一つが、自動車の運転マナーであり、「譲り合い」と「挨拶(あいさつ)」である。

本日も、バスで、狭い旧中山道を、木曽福島駅まで出掛けたが、バスの運転手が、前方の曲がり角に、対向車を発見し、即座に左側で待機したのだが、対向車の女性運転手は、お礼の挨拶をしなかった。

地域独占のおんたけ交通バスの運転手は、彼女の「失礼」を、「無視」して、通り過ぎるしかない。

おんたけ交通の社員にとって、地域住民は、大事な「お客様」だからだ。

でも、心の中で、バスの運転手は、「挨拶ぐらいしろ」と、言っているに違いない。

それが、運転マナーだからだ。

すれ違いを待っててくれたバスの運転手に、お礼の挨拶をするのは、社会生活を送る上でも当然であり、自動車運転時だけは、免除される、という不文律は存在しない。

本日乗車したバスの運転手は、対向車を待ったが、精神疾患患者の彼女は、待とうとしなかった。

私は、ここに、彼女の「異常」を認め、その原因が、自己中心的で他人を思いやれない「人格障害」にあり、これが、彼女の育成過程に起因すると、診断した。

虹の村診療所は、患者だけでなく、患者の両親をも、同時に、治療している珍しい精神科であり、私が、彼女と、デイケアルームで話をしていた時に、父親が現れた事があった。

父親と話した事はないが、彼女との話では、父親は、相当に彼女を甘やかし、自立を促さなかった事が分かった。

私自身の子育て方針は、経済的精神的に可能な限り援助はするが、18歳を成人と見なし、巣立って貰い、それ以降の人生は自分で切り開いてくれ、というものだった。

国際標準18歳を起点に、親は、子離れし、子も、親離れする、という事だった。

その後、私自身が、解雇され、元妻から追い出されたので、家族は、父親を欠いた3人家族になった。

札幌に居た時に、Facebookで、娘と連絡が取れたが、それきりになり、今日に至っている。

私の子育て方針が、正しかったか否かは、娘と息子のみが、評価する資格があるが、良い悪いと言ってみた所で、彼らの過ぎ去った18年が変わる訳ではない。

娘は、私のために誕生し、息子は、元妻のために誕生し、18歳までは同居し、子育ては終了した。

私は、私の病気を自分で直すために、元妻に頼んで、娘を、産んで貰ったから、当然に、私が率先して彼女を育てた。

娘が、3歳になり、御襁褓(おむつ)がとれたので、楽になった段階で、元妻が、今度は、自分から、もう一人産む、と言い出した。

元妻は、一人っ子だったから、娘一人じゃ可哀想という単純な理由だが、腹を痛めて子供を産むのは、彼女なんだし、反対する理由がなかった。

元妻に娘を産んで貰い自分の病気を直す「目論見(もくろみ)」は、見事に実り、息子が産まれた時点で、私は、大学院進学準備に集中し、試験前日に、3人を家から追い出した事もあった。

大学院に進学し博士論文を完成させ大学教員になれば、「研究」が、出来ると思っていたが、日本の「貧困な」文教政策が、それを許さなかった。

つづく。

2017年8月12日(土)午後1時24分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月14日(月)午後3時16分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月14日(月)午後7時51分・文責・藤井深

[ 2017/08/14 20:16 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

一期一会(いちごいちえ)

野の花5 

本日2017年8月10日(木)。

ネジバナ撮影に出掛けたのだが、ネジバナの最盛期は終わり、猫の額の叢(くさむら)も、草刈り機で綺麗に「整髪(せいはつ)」されていた。

諦めて、すぐ近くの「耕作放棄地」に分け入ったら、この「野の花」と出逢った。

早速、蚊取り線香を焚き、三脚を調整し、標準レンズで、撮影した。

二枚撮影したが、もう一枚は、右上の、焦点を合わせた花弁(はなびら)の撮影位置が低く、絵にならなかったので捨てた。

画面上三分の一が何故「白い」のか、記憶していない。修行が足りない。

この「野の花」は、いま、あちこちで咲いている、ありふれた「野の花」だが、よくよく観察すると、私が、切り取った「野の花」の「完成度」が、分かる。

「野の花」だって、「花」なんだから、「終わりが来る」。

一本の茎に咲く「幾つかの野の花」は、「終わり」、「残り」の「野の花」が、咲いている場合が多いが、こういう「茎」は、被写体に適さない。

全部の花弁(はなびら)が元気で、その上で、「蕾(つぱみ)」が咲いている事が自然だから、被写体との「出逢い」は、まさに「千載一遇(せんざいいちぐう・千年に1回しかあえないようなめったにないこと・千載(千年、千歳、長い年月)」である。

一本の野の花の茎に、何本の花弁(はなびら)が咲くのか、どんな枝振りになるのか、野の花に「意志」が無い以上、全ては偶然であるが、生物学的には、「個体変異・個体差」と説明出来る。

野の花の名前は知らないが、私は、今日、この野の花に出逢い画像に固定出来た事が、嬉しいし、この耕作放棄地で生きていた昆虫たちに出逢えた事も、心の底から、嬉しかった。

だから、地域の農民が、昆虫たちを「皆殺し」にする「空中散布」が「憎い」!

2017年8月10日(木)午後7時7分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月10日(木)午後7時51分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月10日(木)午後8時23分・文責・藤井深

[ 2017/08/10 20:36 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

任意同行

ネジバナ-1 

以下に、まず、私が、本日、Wikipedia任意同行に加筆した内容を紹介する。

多分、暫(しばら)くしたら、絶対に削除されるから、記録として残し、同じ文面を、コピペ出来るようにした。

さあさあ、読者の皆さん、今すぐ、Wikipedia任意同行、見てみなさいよ!

綺麗に削除されているから!

Wikipediaなんてね、警察庁CyberPoliceに「完全に支配」されてるんですよ!これで、言論の自由だって!

刑事訴訟法のいかなる条項にも「任意同行」という法概念は登場しない。

刑事訴訟法第198条第1項の主体は、被疑者に出頭を求める事は出来るが、客体たる被疑者には出頭を拒絶する権利があるから、刑事訴訟法第198条第1項による「出頭」行為が、実現されるか否かは、ひとえに被疑者の「意志」次第であり、「出頭する法的義務など元より存在しない」事実を決して忘れてはならない。

ところが、Wikipedia任意同行は、私が、何度訂正しても、以下のような「虚偽説明」を、止(や)めない。

任意同行(にんいどうこう)とは、警察などが捜査上必要な場合、被疑者に警察署等へ任意に同行してもらうこと。

そして、Wikipedia任意同行は、その法的根拠として、刑事訴訟法第198条第1項を紹介する。

しかし、刑事訴訟法第198条第1項には、重要な「但し書き」が、付設されている。

「但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。」

刑事訴訟法第198条第1項

検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。

但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

NHKは、本日2017年8月7日(月)午後0時50分のBSNEWSで、以下のニュースを流した。

2段落目の末尾に「任意同行」という、法的根拠がない「文字」が、登場している。

これは、森友学園・籠池(かごいけ)夫妻が、刑事訴訟法第198条第1項に則り、東京地検による出頭の求めに応じ、東京地検公用車で、東京地検入りした映像でも、流された「違法な文字」だ。

加えて、NHKは、警視庁が、刑事訴訟法第198条第1項に則り、望月清賢(もちづき・せいき)山梨市長に、出頭を求めたが、市長が、刑事訴訟法第198条第1項但し書きに則り、出頭を拒絶した事実をも、「隠蔽(いんぺい)」し、飽くまでも、「任意同行」という「架空の法律」が存在するかのように、国民を「騙(だま)し続けた」のである。

NHKNEWSWEB

山梨市長を採用試験結果改ざんの疑いで逮捕へ

2017年8月7日(月)午前10時53分

山梨県山梨市の望月清賢(もちづき・せいき)市長が、市の職員の採用試験で受験者の試験結果を改ざんしたとして、警視庁は、虚偽有印公文書作成などの疑いで逮捕状を取りました。このあと、望月市長を取り調べ、逮捕する方針です。

逮捕状が出たのは、山梨県山梨市の市長の望月清賢容疑者(70)で、警視庁は7日午前、望月市長に「任意同行」を求めました。

警視庁の調べによりますと、望月市長は市の職員の採用試験で、受験者の試験結果を改ざんした疑いがあるということです。

市によりますと、採用試験は一般教養のほか、職種ごとの専門知識を問う筆記問題の1次試験と、小論文と面接などの2次試験が行われるということです。

望月市長をめぐっては、元妻が知人の男性に架空の投資話を持ちかけて、現金3億7000万円余りをだまし取ったとして、詐欺の罪で起訴されていて、この事件の捜査で、警視庁が、元妻が住んでいた市長の自宅を捜索し、押収した資料などを分析していました。

警視庁は7日午前、虚偽有印公文書作成などの疑いで逮捕状を取り、このあと、望月市長を取り調べ、逮捕する方針です。警視庁は不正に合格させた疑いがあると見て、詳しい経緯を調べることにしています。

望月市長は山梨市の市議会議員や山梨県の県議会議員を務めたあと、3年前の平成26年に行われた市長選挙で初当選し、現在1期目です。

* 参考情報

山梨県山梨市

人口・36,391、議席数・18、日本共産党議員無し。

2017年8月7日(月)午後6時31分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月7日(月)午後8時9分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月7日(月)午後9時11分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月7日(月)午後9時23分・文責・藤井深
[ 2017/08/07 21:30 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

貸付金と借入金

ネジバナ 

この二つの勘定科目(かんじょうかもく)を「正しく発音」出来る日本人は、結構「少ない」。

貸付金は、「かしつけきん」と「発音」し、「たいふきん」とは「発音」しない。

借入金は、「かりいれきん」と「発音」し、「しゃくにゅうきん」とは「発音」しない。

貸付金は、現金が社外に流出するから、借方(かりかた)勘定の一種として、貸借対照表・資産の部に計上される。

仕訳は以下のようにする。

(借)貸付金 100 (貸)現金 100

借入金は、現金が社内に流入するから、貸方(かしかた)勘定の一種として、貸借対照表・負債の部に計上される。

仕訳は以下のようにする。

(借)現金 100 (貸)借入金 100

借方・貸方の区別は、複式簿記の原点・出発点の区別であり、たとえ、借方が、左側を意味し、貸方が、右側を意味しようが、複式簿記を使う限り、左側・右側と「表記」してはならない。

英語では、借方をdebit、貸方をcredit、と、表記し、左側・右側とは表記しない。

当たり前だ。

私立大学に専任講師として採用された私は、慣例上、70歳までの「雇用」を約束された。

会計学と簿記を担当させられた私は、指導教官・野村秀和(ひでかず)退官記念行事の一環として、私もその製作に参画した「企業会計」という初心者向け会計学教科書を使って、授業を進めた。

学生の水準に合わせた授業にすべく、模索の日々を続けた。

学生に教科書を読ませる方法を取った時の「衝撃」を、いまだに覚えている。

ある学生が、文章の途中で、「貸付金」の事を「たいふきん」と、発音したので、私は、即座に、それは、「かしつけきん」と発音します、と、彼女の誤りを「訂正」した。

ところが、彼女は、他の学生の前で訂正されたから、面子(めんつ)を潰(つぶ)されたようで、脹れっ面(ふくれっつら・両頬をふくらませた不平そうなかおつき、むっとした顔色)をした。

学生は、大学に、お金を払って、学びに来るのであって、教員は、学生あるいは親から、お金を頂いて、専門家として、正しい知識を、学生に付与するのが、仕事なんだから、授業中に、学生が、間違えば、指摘して差し上げるのは、至極(しごく)もっともな行為であり、そのために、教員は不可欠であり、大学に教員がいなくて、学生だけなら、私の短大の実態から正確に推測するなら、「ピーチクパーチク雲雀(ひばり)の子」状態に陥(おちい)るのが落ちである。

こういう「身の程知らずの」人間は、私が所属していた短大に限らず、何らかの原因で、「歪んだまま」成長した、日本共産党員地方・国会議員にも、多かれ少なかれ、存在し、日本共産党全体の成長を妨げている。

もう一つの事例を紹介するが、借入金を、「しゃくにゅうきん」と「発音」した、「恥ずかしい」院生がいた。

彼は、日本共産党員・上野俊樹が私財をなげうって組織した土曜会(どようかい)所属の「年下の先輩」であり、公私にわたって大変お世話になった恩人であるが、残念ながら、上に紹介した短大生同様に、自らを「教養・見識豊かな」人間だと考え、努力もしていたが、上野俊樹の発言を借りれば、栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし・栴檀は発芽の頃から早くも香気があるように、大成する人は子供の時から並はずれてすぐれている)で、その努力はついぞ実らなかった。

学部上がりの同じく土曜会所属の院生が参画しての、4人だけの野村ゼミで、彼は、不覚にも、借入金を「しゃくにゅうきん」と発音し、即座に、学部上がりの院生から、「かりいれきん」でしょう、と、訂正されてしまった。面目(めんぼく)ない(恥かしくて人に顔むけができない)有り様だったが、大学院は、専門家養成機関なんだから、私は、黙って見守る他なかった。

この学部上がりの院生は、なかなか、流石(さすが)に優秀で、私が、博士論文を報告していた時に、研究対象の中に登場したが、私が、固有名詞だろうからと、調べる事を怠った、Hercules Powderという米国企業の読み方を指摘してくれ助かった。

読み方は、ハーキュリーズで、ギリシア神話のヘラクレス(ZeusとAlcmeneの息子)を意味する。

短大生と年下の先輩の「貧困起因の傲慢と無知」だった。

2017年8月6日(日)午後3時39分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月6日(日)午後5時40分・文責・藤井深

最終更新:2017年8月6日(日)午後6時41分・文責・藤井深

[ 2017/08/06 19:18 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)